“小さい”ということ

今実施設計中の“保土ヶ谷の家”は
いわゆる「狭小住宅」と呼ばれているもの。
ただ、この「狭小住宅」という言葉は余り好きでない。
何も「狭い」「小さい」と重ねて言わなくても・・・と思ってしまう。
「小住宅」くらいの表現の方が品が感じられていいのだけど。

小さい、ということ。
短歌、茶室、盆栽、活け花、カメラや時計などの精密機械、家電・・・
どうも私たちの国には小さいものへの強い愛着があるらしい。

鴨長明は自分の住まいを10分の1、100分の1と縮小し、
「広さはわづかに方丈、高さは七尺が内なり。」の庵が終着点となった。
平面が3メートル四方程のこの庵は、
何時でも場所を移すことの出来る、
いわば仮設小屋のようなもので、
ここで『方丈記』が記された。

小さくする、ということは
ただ縮小する、ということだけでは無いようだ。
そこから外部の広い世界へと通じる回路を同時につくること、
縮小することで拡大する、という反転の構造があるように感じられる。

“保土ヶ谷の家”もそのような建物になると良いのだけれど・・・。