”狭小住宅の設計”
”狭小住宅の設計” はやはり面白い。そして難しい。
出来るだけ広く感じさせるとか、
そういったテクニックも必要だけど、
それがいちばん重要なのではない。
小さいということが、
住み手にとって住宅にいちばん重要なものは何か、
という問いを否応なく突き付けてくることになる。
<上3つは”王子の家”>
それこそが住み手の価値観というもので、
実はこれはどんな規模の住宅設計においても最も重要なものだけど、
狭小住宅ではそれがもっと切実で現実的な生活の問題として襲い掛かってくる。
そこをきちんと捉えて出来た住宅は、
その住み手ならではの価値観が凝縮されて反映された、
個性的で人間味のある住宅になる。
<上2つは”工房のある家”>
見た目の良し悪しとか仕上げ材の良し悪しとか、
それも重要だけど、
やはり建物の構成それ自体に住み手の価値観を落とし込むことが最も重要だと思う。
建物の構成自体に魅力が無ければ、
いくら良い仕上げ材を使っても良い空間にはならない。
逆に建物の構成自体に魅力があれば、
安価な素材でも構成に合った使い方をすれば魅力的な空間にできる。
だから私が設計する時は何よりも建物の構成自体に力を注ぐ。
私がこれまで設計してきた建物では、
特別高価な素材は使っていない。
むしろ安価なクロスやペンキ仕上そして合板仕上げがほとんどだ。
例えば”王子の家”も”保土谷の家”も基本部分はクロス仕上と合板仕上げだ。
別の例として”工房のある家”は打放コンクリートそのままと合板そして鉄部は錆止塗装のままで、
仕上らしい仕上がない。
建物の構成、
そこにお施主さんならではの価値観、
敷地と周辺との関係、
空間構成にふさわしい構造形式、
これらが無理なくすっきりと重ね合わせることができた時、
基本設計は終わるがそこが非常に難しい。
なかなか納まらない。
小さいがゆえの難しさがある。
<上3つは”保土ヶ谷の家”>
だからいくつもの発想の転換が必要になる。
だがこの発想の転換に設計の可能性が潜んでいると思う。
その可能性を探り出す作業は苦痛で困難な分、面白くもある。
例えて言えば、
長編や短編の小説というよりは俳句のようなものだろうか。
日本庭園というよりは坪庭のようなものだろうか。
日本家屋というよりは茶室のようなものだろうか。
小さなものに大きな可能性を入れ込んでいく、
そんな逆転の発想が必要なのだと思う。
それがうまくいくと、
建物自体は小さくても、
豊かで、のびやかで、大きな可能性を持った住宅になると思う。
狭小住宅
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