the garden

この世の楽土。
イギリスのケント州、ダンジェネス。
その広大な荒れ地の中の、わずか30坪ほどの庭に、
その楽土は、あった。

かつて、大地は楽土(パラダイス)であった。
しかし、いつしか、楽土としての自然を失ってしまっていた。
荒廃した社会から宗教が生まれたように、庭園も失楽園から生まれた。
庭園とは、その失ってしまった楽土を、人工的に外界へと造形する試みに他ならない。
庭園にはどこか、彼の世の楽土への夢想を隠し抱いている。
だから、いくら完璧に手入れが施されようと、庭園には完成というものがない。
それは持主の死によってのみ、遂げられる。

イギリスの映像作家デレク・ジャーマンは、自身がHIV陽性であることを知った後、
ダンジェネスの荒廃した土地の中に漁師小屋の売り家を見つけ、そこに住みつく。
そして海水にさらされた流木や骨、穴のあいた石、貝殻、錆びた鉄とともに、
数々の野菜や花々による、恐らくは危険で最悪な土地での、
奇妙で美しい庭造りがはじまる。
なぜなら、この土地での一日は小鳥のさえずりではなく、
近くにある巨大なダンジェネス原子力発電所の始業のチャイムとともに始まるのだから。
彼は核で入れた茶を飲み、小象のような咳をしながら、庭造りをつづける。
その庭は、地平線に浮かぶ巨大な原子力発電所のシルエットの前で、
その地上の人工の太陽による、ある種の神々しさをまとった光によって、
よりいっそうの妖しい輝かしさを増してゆく・・・。

この映画は、この庭を舞台として、デレク自身の心象風景、キリスト教、
そして現代社会がコラージュされた、そして
「偽りの言葉で沈黙を満たそうとするな」
という彼の言葉どおり、ほぼサイレント・ムービーである。
数少ないセリフはほぼすべて、現代社会を象徴するものでしか、無い。

庭がほぼ完成に近づくにつれ、
病に侵されているデレクの体は衰えてゆき、そして眠りにつく。

『私はもう言葉もない
私の震える手ではこの怒りを表せない
ただ悲しみだけがある』
- デレク・ジャーマン -

主を失ったその庭は今も、
その沈黙の中で、デレクのメッセージを育んでいるのかもしれない。