ぐるり

“百合丘の家”の時もそうだったし、
今計画中の住宅もそうなのだが、
どうも自分には“ぐるり”と廻れるような動線を
建物の平面の中に入れようとする想いが強くあるらしい。
それはなぜなのか?

大きな理由は2つあるように思う。
1つは、出来るだけ“奥”をつくりたくないということ。
例えば建売住宅などによく見られるようなプランを思い浮かべてみて欲しい。
建物は出来るだけ敷地の北側に寄せて配置し南側に庭をつくる。
建物内部の南側には庭に面した大きな開口があるリビングをつくり、
その奥にダイニングキッチン、
最も奥にはトイレや換気程度の小さな窓しかない洗面・浴室が置かれ、
これらは一本の動線で繋がれ最後に視線の行き場もないような行き止まりになる。
このようなプランにはリビングが“表”で、
浴室などの水周りが“奥”であり、
まるで“奥”にいくほど重要度が低くなるといったような、
諸空間・諸機能の重要度・ヒエラルキーの序列が露骨に表れてしまっている。
設計する側としては、出来るだけどの諸空間も同等に扱いたいという思いがあるので、
上のようなヒエラルキーの序列をつくってプラニングをするのは
余り気分のいいものではない。
そういったカタチではなく、
諸空間を回遊性のある動線でつなぐことで、
(もちろん同時に諸空間の配置の仕方等にも工夫が必要だが)
それらの序列を出来るだけ緩和させることはできないか?というのが、
ひとつ目の理由であると思う。

もうひとつは、
室内の動線に回遊性を持たせることで室内風景の感じ方を
視覚的にも体感的にも豊かにさせたい、ということ。
ある部屋に行くのに決まって同じところを通ってしか行けないのはつまらない、
あっちからも、こっちからも行ける、そんな楽しさがあってもいい、
そんな思いもある。

こういった考え方の根底には、
住宅を独立した諸機能・生活空間の単なる集まりと考えるか、
それとも移動しながらいくつもの場を使う中に生活があると考えるか、
その相違があるのかもしれない。
自分としては日常生活というものは、
境界が曖昧で、どれも優劣のヒエラルキーといったものは無い、
様々な諸行為のズルズルとした繋がりなのではと考えているので、
それらの関係・つながれ方に関心があるのかもしれない。

と言っても実際には、
一般の住宅程度の規模では、
循環できる動線を入れることは大変難しいのだが・・・。